嬉しい我が子の言葉:愚息から息子への転換

公開日: 19:25 統合医療 米寿堂 薬用植物

2月11日からの4連休に福岡に住む息子一家(嫁一人、孫娘3人)が帰省してくれました。

昨年10月、12月と妻の二度の整形外科的手術時に帰れず、見舞、看病ができなかったのだが、
漸く有給をとっての帰省。
息子は4浪後に念願の医学部に入学ができた我らにとっては愚息である。
入学後は留年することなく、医師国家試験にも合格、卒業と同時に結婚し、東京医科歯科大学で
卒後研修を受けた。
お茶の水、日立市、横須賀市、我孫子市、平塚市と息子の転勤のたびに増えて行く孫に会えるのが楽しみで、出かけたものでした。

愚息は大学の研究者でなく、臨床医を目指していた。
親の収入の少なさを知っていたのであろう。

その中でも、腎臓内科学を専攻し腎臓学の研究にも興味を示し始めていたが、彼の人生を変えたのが2011年3月11日の大地震と原発事故。
当時は我孫子市に住んでいたが、その地域はホットゾーンと呼ばれる放射能汚染地域であり地震も頻発し、
放射能汚染食品と環境汚染による子供への影響が、夫婦の最大関心事。

医局に頼み込んで神奈川県の平塚で勤務したが、意図的に安く売られている食品は汚染地位からのものであったようだ。

愚息は親に似て子煩悩のようだ。
ついに、九州に急遽逃げるように転院した。
東京の医局の範疇外であり、急いでの異動であったため、いわゆる研究施設をもつ大病院や大学病院に職はなく、小さな病院の勤務医となっている。
要するに、研究という世界から見放されるという道を選んだのだ。

患者だけと向き合う医師として、往復2時間の運転で朝早く病院に向い一番に到着し、患者を診るのが日課である。



この病院で働く以前は、いわゆるホリスティック的な考えで患者とせっするのではなく、合成医薬品による姑息療法が主体であった様に見え、非常に残念に思っていた。
病気の成り立ちの病理や病気の予防が重要であるという視点が大きく抜け落ちていた、と愚息との会話の端端に見受けられた。
九州のこの病院に移り、既に3年。

今回の帰省時に寡黙な愚息がいうには、
「右目をみて、左目をみられない医者とはなりたくない。腎臓病ひとつとっても、心臓との関連があり他科に回すことはできない。
病気全体を診て、最善の指導と治療に心がけている。
必要とあらば、外科手術もできる。

たいていの医者は、全体を診る能力はあるのだろうが、大病院の場合縦割りだから、敢えて手を出さない場合が多いようだ。
今の病院は医師の数も少なく、縦割りでない。自分の能力を発揮するのに最高の病院、環境だ。」
本来の医師である、ゼネラリストになるであろう、と感じた。。

栄養学の勉強もしているようで、嫁に加工食品を食べるなと言い始め、嫁と言い合いをしているのも見た。

親の背中を見たわけでないであろうが、良い方向に向かっている、成長している我が息子を今後は愚息と呼ばないようにしないと。



大きな心配は、両親の死に目を見るより、多数の患者の病状を優先するのではないかということである。
しかし、それで良いかとも思う。


親の後を継ぐという希望はないが、ノニジュース、ブアメラ、ココナッツオイルを土産に渡した。
天然物の力をもっと理解して欲しいものだ。






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