過労死と日本の将来

公開日: 11:45 Buah Merah インドネシア パプア ブアメラ500VE 過労死 有機ノニまるごと搾り


個人の事で恐縮ですが、昭和の終わりの昭和63年、64年は、私にとって人生の大きな変わり目でした。
「釣りバカ日誌」の浜崎伝助君の生き方の同感し、当時出版の漫画本は総て購入し何度も読んだものです。
釣りバカ日誌の第1作が公開されたのは昭和63年。
私が16年務めた会社を辞めたのも昭和63年。

「過労死」という言葉が世に出たのは昭和63年とのこと。
電通に努めていた女性が過労により自殺したニュースがクローズアップされています。
確かに毎月100時間の残業は、辛いものです。
単純に30日で割ると、1日3時間余りですが、生活の総てが仕事に直結した毎日は、100時間以上の重み以上のものがあります。


ただ、残念なのはこの自殺された女性は、仕事に興味がなかった、あるいは自分の生き方・分野が異なっていたのではないかと思います。

私も、毎月80時間前後の残業が数年も続き、労働基準監督署から是正勧告もあったようです。。
朝出勤までぎりぎりまで寝て、夜は11時12時に帰宅の日の連続。
しかし、30代後半若さもあったのでしょうが、仕事は有意義で毎日が挑戦の連続で新薬研究の責任は自分にもあるとの自覚は、誇らしくもありました。
安給料にも拘らず、楽しく仕事ができたのは、仕事内容が合っていたのと、負けず嫌いの性格によるものと思っています。



長野県護国神社


現在でも、興味を覚えたことにはチャレンジをしています。
好奇心と挑戦が、老化防止と少なくとも米寿までの健康長寿の秘訣と信じています。

残念ながら、東大卒の女性は興味・好奇心・挑戦する気持ちを持つまでの社内教育にかけていたのではないかと思います。
余裕がなく、直ぐに実績を求める社会の風潮の犠牲者ではないでしょうか。

ノーベル賞受賞者が本年も出ましたが、過去40年~50年の実績の結果であり、昭和の終わりとともに日本は変わり、好奇心や挑戦する環境を育てる気概は無くなっています。
今後10年もすると、ノーベル賞受賞者は日本から無くなると言われています。



嗚呼戦友
ニューギニア戦線、戦没者慰霊碑

日本人が培ってきた文化や伝承は大切にしないと、日本の将来はないと思う昨今です。








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